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大阪地方裁判所 昭和59年(行ウ)60号 判決

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  原告

被告が昭和五八年三月一一日及び昭和五九年三月三〇日に原告に対してした高年齢者雇用確保助成金の各不支給決定処分を取消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決

2  被告

主文と同旨の判決

二  原告の請求原因

1  原告はビル・マンションの総合管理を業とする株式会社であるが、従前の六〇歳定年制を六五歳定年制に改める定年延長制度を昭和五七年九月一日に設け同日以降実施していることを理由に、雇用保険法施行規則(以下「規則」という。)一〇五条に基づく高年齢者雇用確保助成金(以下「本件助成金」という。)を受給すべく、被告に対し、(一)昭和五七年分の該当者四名につき昭和五八年一月一七日に、(二)昭和五八年分の該当者一〇名につき昭和五九年一月二六日にそれぞれ支給申請をした。

これに対し、被告は(一)につき昭和五八年三月一一日付で、(二)につき昭和五九年三月三〇日付で、いずれも原告が過去に定年制を設けていたとは認められないとの理由により、本件助成金の不支給決定(以下「本件(一)、(二)の処分」という。)をした。

2  原告は本件(一)の処分を不服として、昭和五八年五月一〇日大阪府知事に対し審査請求をしたが、同知事は昭和五九年三月三〇日審査請求を棄却する旨の裁決をした。なお、原告は本件(二)の処分については審査請求手続をとっていないが、右のように同一理由に基づく本件(一)の処分につき審査請求をして棄却裁決を受けているので、裁決を経ていないことにつき正当な理由がある。

3  原告は昭和五二年六月二七日付で社員代表の高橋正雄との間で、同年八月一日から六〇歳定年制を実施する旨の「定年制に関する協定書」(以下「協定書」という。)を取り交し、これに基づき各従業員と個別に、本人が六〇歳に達したときは雇用契約は終了する旨の規定を含む労働契約を締結してきた(原告の従業員であった岡崎保はこれに基づいて昭和五四年一月に定年退職した。)。原告はこのように六〇歳定年制(以下「旧定年制」という。)を実施していたが、昭和五七年九月一日にこれを五年間延長して六五歳定年制とすることを決定し、同年一一月一六日大阪西労働基準監督署にその旨の就業規則変更届を提出した。右のように原告は従前から旧定年制を採用していたのであるから、本件(一)、(二)の処分は事実認定を誤ったものであり、違法である。

4  よって、原告は本件(一)、(二)の処分の取消を求める。

三  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、本件(二)の処分の裁決不経由につき正当な理由があることは争うが、その余は認める。

3  同3の事実のうち、原告が昭和五七年一一月一六日に大阪西労働基準監督署に六五歳定年制を設けた旨の就業規則変更届を提出したことは認めるが、その余は争う。

四  被告の主張

1  本件助成金制度は、雇用保険法六二条一項に定める雇用改善事業に属するもので、雇用保険適用事業主に対し、定年の引上げ、定年に達した者の再雇用等による高年齢者の雇用の延長の促進等を図るために必要な助成及び援助を行う各種助成金制度のひとつとして、昭和五七年一月一日から実施されているものであり、その支給要件及び支給手続等については同条二項に基づき昭和五六年労働省令四一号により改正された規則一〇五条及び「高年齢者雇用確保助成金支給要領」(昭和五六年一二月一五日付職発六〇九号により改正された昭和五二年九月三〇日付職発第四四六号「雇用安定事業等の実施について」労働省職業安定局長通達別添4、以下「支給要領」という。)に定められている。

規則一〇五条及び支給要領によれば、本件助成金は、労働協約又は就業規則により六〇歳以上の定年を定めている事業所の事業主が、昭和五七年一月一日以後、労働協約又は就業規則により定年の引上げ、勤務延長制度、再雇用制度、出向制度の一又は二以上を設けて六一歳以上まで雇用延長する制度を採用した場合に、所定の要件を充足する従業員一人当り年額三〇万円(中小企業にあっては四〇万円)が事業主に支給されるものである。

2  本件助成金制度が適正に運用されて所期の目的が達成されるためには、助成対象となる雇用延長制度が確立していること及びその前提をなす旧定年制が当該事業所の制度として存在し、雇用関係を規律していたことのいずれもが客観的に明確になっていなければならないから、規則一〇五条は旧定年制についても労働協約又は就業規則により定められていることを要する旨規定し、支給要領もこの点を明らかにしている。

しかるに、原告は労働協約又は就業規則により旧定年制を定めていなかったものである。原告主張の協定書は、その作成経過に疑問があるのみならず、仮にこれが真実作成されたものとしても、社員代表と称する者との間で作成された文書にすぎず、これをもって労働協約があったとはいえないから、原告に本件助成金の受給資格を認めることができないのは明らかであって、本件(一)、(二)の処分はいずれも適法である。

3  なお、原告にはそもそも旧定年制が存しなかったことは、以下に述べる事実関係からも明白である。

(一)  原告は、旧定年制が存していたと主張する昭和五二年八月一月から昭和五七年一一月一六日(六五歳定年制を設けた旨の就業規則変更届の提出日)までの間においても、六〇歳以上の者を相当数常用労働者として新規に採用していた。

(二)  原告が昭和五三年四月一日から昭和五七年一一月一六日までの間に中高年齢者雇用開発給付金及び特定求職者雇用開発助成金の受給資格決定申請のため被告に提出した「年齢別常用労働者数報告書」には定年制はない旨記載されており、公共職業安定所の職業紹介を受けるため被告に提出した「求人票」にも、定年制がないこと及び六〇歳以上の者を雇い入れるべきことが明示されていた。

(三)  原告は、昭和五三年一月二三日就業規則を作成して同月二七日大阪西労働基準監督署に届出ているが、退職に関する事項は就業規則の絶対的必要記載事項であるから、仮に原告が旧定年制を定めていたのであれば当然右就業規則にその旨の規定が置かれているはずであるのに、旧定年制を定めた旨の規定はなかった。

(四)  原告が旧定年制を定めたと主張する協定書は、原告が昭和五二年七月六日に株式会社の設定登記を了して法人格を取得する前の日付で、原告の代表者と社員代表との間で作成されており、虚偽文書といえるから、措信できない。

(五)  原告が従業員と個別に締結した労働協約であるとして証拠に提出している「マンション管理人雇用並びに管理室使用貸借に関する契約書」は、夫婦両名を被用者として雇用契約を締結するものであるが、右契約書には夫婦のいずれか一方が六〇歳に達したときは両名について雇用関係が終了する旨規定されており、一律の定年制を定めたものとはいえない。

(六)  原告が旧定年制により定年退職したと主張する岡崎保は大正七年五月八日生れであって、定年退職すべき昭和五三年五月九日を超えて在職している。

以上の各事実を考えあわせると、原告には旧定年制は名実ともに存在しなかったといわざるをえない。

五  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の主張1の事実は認めるが、同2の事実は争う。

規則一〇五条が旧年制につき労働協約又は就業規則に定めがあることを規定しているのは、定年制が通常定められる態様を示したもので、例示にすぎないというべきである。すなわち、本件助成金制度が設けられた趣旨からすれば、定年制が労働協約又は就業規則により定められている場合にのみ本件助成金の支給を限定すべき合理的理由は全くなく、殊に就業規則も労働協約もないような零細企業が他の要件を満たしていながら本件助成金の支給を受けられないとするのは、あまりにも不合理である。また、右のとおり解すべきことは、被告主張の昭和五六年一二月一五日付職発六〇九号通達中に、本件助成金の支給対象事業主として「定年が六〇歳以上とされている事業所の事業主であって、……」と記載されているだけで、旧定年制が労働協約又は就業規則により定められていたことを要求していない文言からも窺うことができる。

したがって、労働協約や就業規則の定めはないが、前記のとおり旧定年制を設けて実施してきた原告は、本件助成金の受給資格を有するというべきである。

2  同3の被告指摘の各事実がいずれも根拠のないものであることは、以下に述べるとおりである。

(一)  原告が六五歳定年制を設けた旨の就業規則変更届を提出する以前に六〇歳以上の者を雇用したことがあることは認めるが、これは後記のような原告の業務の特殊性に加え、近時各企業において定年延長制等が実施されたのに伴って求職者の年齢が高齢化し、六〇歳以下では人材が得られなかったためであり、やむをえない例外的措置である。したがって、右雇用の事実は旧定年制の存在とは矛盾しない。

(二)  原告が被告主張の「年令別常用労働者数報告書」及び「求人票」において定年制がない旨記載したことは認めるが、これは原告の作成担当者が就業規則で定年制を定めていなければ定年制があると記載できないと誤解したことによるものであるにすぎない。

(三)  原告が就業規則に旧定年制を規定しなかったことは事実であるが、これはモデルとした就業規則にその規定がなかったこと、既に個別の労働契約で旧定年制を定めているため不都合はないと考えたこと、この点につき大阪西労働基準監督署から何の指導もなかったことによるものである。

(四)  協定書は、原告の前身である有限会社浪速管理が設けていた定年制を原告においても引続き実施することを原告会社設立中に従業員代表者との間で確保したものであって、原告会社設立後協定書に基づいて定年制を実施している以上、その効力に何ら問題はない。

(五)  原告が被告主張のマンション管理人雇用に関する個別の労働契約において、夫婦の一方が六〇歳に達したときは双方につき雇用関係が終了する旨定めているのは、マンションの管理人として常駐させる必要から夫婦両名を雇用する場合に、一方が定年に達したからといって片方のみを引き続き雇用することは事実上不可能であるからであって、原告会社の業務の特殊性に基づくものであり、何ら旧定年制の存在と矛盾しない。

(六)  原告の従業員の岡崎保が退職すべき日を超えて在職したのは、直ちに後任者が得られなかったという人事上の理由に基づくものであり、同人が旧定年制により退職したことには変りはない。

五  証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1の事実及び同2の事実中、原告が本件(一)の処分につき裁決を経ているが、本件(二)の処分につき裁決を経ていないことは、当事者間に争いない。

右のように原告は本件(二)の処分については裁決を経ていないが、右処分の対象となった昭和五八年分の本件助成金支給申請と同一理由に基づく昭和五七年分の支給申請に対してなされた本件(一)の処分につき審査請求をして棄却の裁決を受けているのであるから、行政事件訴訟法八条二項三号にいう正当な理由がある場合に当たると解すべきである。

二  本件助成金制度は、雇用保険法六二条二項に基づき同法施行規則(昭和五六年労働省令四一号による改正後)一〇五条によって昭和五七年一月一日から実施されているものであって、その概要は、労働協約又は就業規則により六〇歳以上の定年を定めている雇用保険適用事業の事業主が、右同日以後に労働協約又は就業規則によって定年の引上げ、勤務延長制度、再雇用制度、出向制度の一又は二以上の制度を設けて従業員を六一歳以上まで雇用延長することにした場合に、所定の要件を充足する従業員数に応じて本件助成金を支給しようとするものである。右のように雇用延長制度が労働協約又は就業規則により定められていなければならないのは勿論、旧定年制についても、労働協約又は就業規則で定められていたことが必要とされているのは、雇用延長制度が確立していること及びその前提となる旧定年制が雇用関係を規律する制度として存立していたことが客観的に明確であることが本件助成金制度の適正な運用を図るために不可決な要件であるとされたためであると解されるから、立法論としてはともかく、規則一〇五条は限定的に解釈するのが相当であり、旧定年制につき就業規則又は労働協約に定めがなかった場合には、そもそも本件助成金の受給要件を欠くというべきである。

これを本件について見るに、原告が昭和五七年一一月一六日に大阪西労働基準監督署に六五歳定年制を設けた旨の就業規則変更届を提出したこと、それ以前の就業規則には旧定年制の規定がなかったことは当事者間に争いがないところ、右以外に労働協約によって旧定年制が定められていた旨の主張立証はなく、原告主張の協定書については後記のように作成経過に疑問があるのみならず、かかる協定書をもって労働協約ということはできないから、原告には本件助成金の受給資格がないことは明らかである。

原告は、就業規則も労働協約もない零細企業の場合に本件助成金の支給を受けられないのは不合理であるというが、本件助成金制度の性格上やむをえないものというべきである。なお、(証拠略)によると、昭和五六年一二月一五日付職発六〇九号労働省職業安定局長の各都道府県知事あて通達「雇用保険法施行規則の一部改正(雇用改善事業関係)等について」の中で、本件助成金の支給対象事業主として「定年が六〇歳以上とされている事業所の事業主であって、昭和五七年一月一日以後労働協約又は就業規則の定めるところにより」雇用延長制度を設けたものとの記載があることが認められるが、右は雇用延長制度に主眼をおいて規則一〇五条の説明をしたものであって、原告主張のように旧定年制についての同条の要件を通達で緩和したものと解することはできない。

三  右のように原告は労働協約又は就業規則により旧定年制を定めていなかったものであるが、更に(証拠略)、並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  原告が六五歳定年制を設けた旨の就業規則変更届を提出するまでの中高年齢者の雇用の実態は、「マンション管理人雇用並びに管理室使用貸借に関する契約書」(甲第二号証の一ないし七)によっても、右提出日までに契約された六例(いずれも夫婦両名との契約)のうち夫である四名は既に契約当時六〇歳を超えているというものであった。また、原告は、国が中高年齢者(四五歳以上六五歳未満の者)を常用労働者として雇い入れた事業主に対する助成制度として設けた中高年齢者雇用開発給付金(昭和五三年四月一日から昭和五六年六月七日まで施行)及び特定求職者雇用開発助成金(右給付金等を統合整理したもので、翌八日から施行)について、昭和五三年四月一日から昭和五七年一一月一六日までの間に中高年齢者四四名を常用労働者として雇い入れたとして被告に対し右給付金等の受給資格決定申請をし、被告から同決定を受けてこれを受給していたが、右四四名のうち一八名は雇入れ時既に六〇歳以上であった(原告自身も、原告の業務の特殊性及び社会情勢等から、右のように六〇歳以上の者を雇用せざるをえない状況であったことを自認している。)。

2  原告が前記給付金等の受給資格決定申請のため被告に提出した「年齢別常用労働者数報告書」六通にはいずれも定年制はない旨記載されているほか、原告が公共職業安定所の行う職業紹介を通じて労働者を雇い入れるため被告に提出した「求人票」のうち昭和五七年一〇月二五日までの受付分一五通にもいずれも定年制はない旨記載されており、特に昭和五五年八月一日受付分には求人年齢は六三歳位まで、同年一〇月一五日及び昭和五六年一二月七日受付分には約六五歳までとの各記載がなされている。

右認定事実を総合すると、原告においては、六五歳定年制を定めた旨の就業規則変更届を提出した昭和五七年一一月一六日までの間、旧定年制は実態としても存在しなかったものと認めざるをえない。

原告は、協定書(〈証拠略〉)をもって旧定年制を定めた旨主張するが、右協定書は昭和五二年六月二七日付で原告会社代表者と社員代表高橋正雄との間で作成された旨の記載がある文書であるところ、(証拠略)によれば、原告会社が設立されたのは同年七月六日であるから、協定書が右作成日付の日に作成されたものとは考えられず、前記認定事実を考えあわせても、協定書の記載は信用できないというべきである。

また、原告は従業員との個別の労働契約書によって旧定年制を定めた旨主張するが、(証拠略)によれば、前記マンション管理人の雇用等に関する契約書三条一号には、被用者である夫婦のいずれかが六〇歳に達したときは夫婦ともに当該雇用契約は当然終了する旨の規定が置かれていることが認められるものであって、それ自体一律たるべき定年制とはいえないものであり(原告の業務の特殊性に鑑み、かかる規定をおく必要性があることは理解できるが、これは定年制というよりはむしろ個別的な契約終了事由を定めたに過ぎない。)、前記認定のとおり、右のような規定があるのに右各契約書によって六〇歳以上の者が雇用されていることなどからしても、個別的な労働契約によって旧定年制を設けたものと解することはできない。

なお、原告は従業員岡崎保が旧定年制により定年退職したと主張するが、(証拠略)によれば、同人は大正七年五月八日生れであり、六〇歳に達した昭和五三年五月八日を超えて昭和五四年一月三一日まで在職したことが認められるから、原告の右主張が失当であることは明らかである。(かえって、原告が六〇歳で退職した従業員を一名も挙げていないことは、前記認定のとおり原告には当時旧定年制が存在しなかったことを窺わせるものといえよう。)

三  以上のとおり、原告のいう旧定年制は、労働協約又は就業規則に定められたものではないのみならず、実態としても存在しなかったものであって、原告が本件助成金の受給資格を有しないことは明らかであるから、本件(一)、(二)の処分は何ら違法ではない。

よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青木敏行 裁判官 筏津順子 裁判官梅山光法は、退官につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 青木敏行)

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